母の日らしいことは何もしてないのに思っていることを書いてみる

回想,思考

赤いカーネーション

今日は母の日か…
ブログにあまり家族のこと書かないけど、今日は母の日ということで母について思ってること書いてみようかなと思った
結局また、自分の話ばかりになるかもしれないけど。

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僕の母は一度も怒ったことが無いとか、今でいう毒親とかではない
そういう強烈なキャラというわけではない

好きな色は?って聞いても「全部」って答えたり、好きな食べ物は?って聞いても「全部」って答えたりする
だから母が特別好きな物って少ししか知らない
何をしてる時が一番幸せか聞いた時は「美味しいものを食べてる時」って答えられた
一時期、夕食後に「楽しい時間が終わっちゃった」とよく言っていた
僕は美味しいというのは多少感じるけどそのために生きていたいとは思わないし、"食べる"って行為をそこまで幸せと感じたことはないので、そこは意見が合わない

あとは、これやっちゃ駄目っていうのは多かったかな
決まりは絶対に守る人だったし。
だから、こんなルール守ってる人いるのかな?みたいな学校のルールも絶対に守らないといけなかった
娯楽に関しては漫画が駄目とかテレビゲームが駄目とかあった
どちらもそんなにしたいと思わなかったけど

教育熱心というわけではなかった
勉強しなさいって言われた記憶は中学の時に1回くらいしかない
だけど、やりたいと言った習い事はさせてくれた
数が多くなって駄目って言われたのあったけど。
まあ、田舎の習い事は種類が限られてるけど

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僕は育てにくい子だったと思う
母が以前、小学生の高学年の時だったかな、「小学生になってから何か爆発したの?」と言ったことがある
小学校に入るまでは誰かを攻撃するとか自分の意見を言うことすらなかった
人の輪にあまり入れなくて、入れるようになってからもいつも最後尾をついていくような感じ。
足が遅かったから余計にそんな感じ・
田舎だからそのままみんな同じ小学校に上がる
小学校に入ってからは、気がついたらというかいつの間にかというか、いつも先生に叱られていた
今から思えば、そりゃ怒られるよっていうのもあったし、先生が怒りたかっただけなのではというのもある
学期末の保護者面談ではいつも苦言を呈されていた
同級生にも攻撃的になって、母と一緒に謝りに行くというのもあった
だから母は恥ずかしかったと思う

ひきこもりになってから母とは1か月に1回くらいご飯を一緒に食べていた
今はこんな世の中なので最後に会ったのは2月かな?
会う度に母はこんな細かったっけ?と思う。白髪は増え、髪は薄くなって、顔の皮膚は加齢で垂れ下がってもうおばあさんみたいだ
実際、おばあさんなんだけど

そんな歳にもなってひきこもりの子どもがいる
それ以外にも、僕という人間を生んでからの
母の人生は幸せなんだろうか

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高校3年生の時、これまでの人生でいつが一番幸せだったか聞いたことがある
あの頃、僕はもう病んでることを家族にも隠さなくなっててネガティブな言葉を発していた
その質問に「みんなと夕方散歩に行ってた頃かな」と答えられた
分かる、僕もあの頃が人生で一番幸せだった
その頃、母はまだ専業主婦だった、庭の花壇は花がいっぱい咲いていて、家族でわいわいと仲が良くて。

高3の頃はもう病んでることを隠さなくなっていた時期で、
落ち込んでいる時もあれば攻撃的になっている時もあって
母が傷つくことをたくさん言った
生まれてきたくなかったとかどうして生んだんだとか

今だってそうだ
あの町に戻りたくないし、誰かと生活すると癇癪を起こしたりするから1人でいるのに、1ヶ月に1回くらいのペースで荒む、不安定になる
母に母が困るような内容のメールを衝動的に送ってしまう
深夜に電話をしてしまう
まあ、母は外出時以外は電源切ってるんだけど

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小さい頃の母の日は兄弟みんなで料理を作って、花をあげていた
今は他の兄弟はどうしているか知らないけど、僕は金銭的に余裕がなくて何もできてない
プレゼントを買う余裕も美味しいものを食べに行く余裕もないし、運転できないからどこか行くなら運転するのは母だし
情けない
毎年、来年の母の日はちゃんとしたいと思うけど、結局時間だけが過ぎて何も変わっていない

母が僕のことをちゃんと愛してくれていることは分かる
僕も母のことは大好きだ
ただ多分、僕の大好きは正しくないんだと思う、なんか違うんだと思う

結局自分のことばかり話してしまった
母の日だから書いてみました
父の日も書く?と考えてみたけど父の日には書きません
父のことについて書くのは母以上に難しい
とてもじゃないけど1か月後には書けない
書くことがあるなら、それはまだ数年先のことだと思う

,母の日

Posted by なす