大きなきっかけは無かったけど外の世界に出ようかと思ったひきこもり

2019年7月3日思考

枝葉と空

こういうブログは社会復帰とかしたら書こうかなと思ってたけど、

少し前にブログのコメントでやり取りする機会があってその時に思い出したことを書いておこうと思いました。

 

ひきこもってからは社会復帰したいなんて思ってなかった。

もう、外の世界に出たくなかった。もう、人と関わりたくなかった。

だから、少し前の自分に外の世界に出たいと思うようになった、と言ったら少し驚くと思う。

1年前の自分に言ったらかなり驚くかな。

 

ひきこもりに飽きた

単純にひきこもりに飽きてきました。

アニメやドラマを見ても音楽を聴いても、つまらなく感じたし何も響かないような状態だったような気がする。本当に何をしても面白いと思わなくなって、つまらなく感じた。

特にしたいこと、やりたいこともない

心が無になっていった

感動が減って、体力が戻ってきて手持ち無沙汰、暇な時間ばかり増える。

正直に言うとネットで稼ごうと思っても上手くいかなかった。

いっそ働いた方がいいんじゃない?ってなった。

 

自分は記憶喪失だと思い込んだら昔のことを思い出しにくくなった

僕は昔のことばかり考えていた。

振り返ってみると失敗ばかりでどこでも上手く生きれなかった

どうして上手くできなかったんだろう。どこで間違えたんだろう。

あの発言がいけなかったんだろうか。あの返しがいけなかったんだろうか。

違う大学、学部、高校を選んでいたら。

自分が気づいていない原因が何かあったんじゃないだろうか。

そんな『もし』を積み重ねても得るものはあまりなかった。

どうすれば良かったか、何かできたのかなんて正解はほとんど分からない。

反省は必要だけど、過去ばかり見ていた。

もう今と未来しか残ってないのに。

 

過去のことばかり考えているし、代わり映えのない日々にフラッシュバックはどんどん酷くなっていくばかりだった

過去の嫌なことを思い出すと泣く

幸せな思い出を思い出すと羨望で泣く

そんな日々に疲れてしまった

 

過去なんて、こんな記憶なんていらない

記憶喪失になりたい

そう思ってたどり着いたのが『記憶喪失設定』だった

記憶が無い設定になりきる

改めて文章にするとなんだかイタい。

難しくはなかった。昔から何度も指摘される思い込みの激しさが役に立った。

記憶喪失だと思い込むとフラッシュバックは本当にかなり減った。

 

昔のことを考える時間が減って、今とか未来とかを考える時間が増えた。

意外とやりたいことやってみたいことが増えてきた。

やりたいことやってみたいことが実際にできるかは別としてやってみたいと思った。

やりたいことをやるためにはお金が必要だ、よし働こう。ってなった。

 

スポンサーリンク

 

いろんな事がどうでもよくなった

昔のことを思い出さなくなるというか忘れたというか、そうなるといろんな事がどうでも良くなった。

 

上手く言えないけど「こうじゃなきゃいけない」とか「こうしなきゃいけない」みたいなのが減った。こういう考え方が良いのかどうかは分からないけど。

僕はいつからか「~しなきゃ」「~じゃなきゃ」というのばかり増えていった。精神的に病んでいると身体は動かないのに頭の中は「~しなきゃ」「~じゃなきゃ」というのばかりだった。

だけど身体は動かなくて、できなくて、自己嫌悪に陥るという悪循環だった。

 

他人のことも前より気にならなくなった。まあ、悪く言えば冷たくなった。

以前は他人の言葉、行動、態度とかを全部真に受けて流すことができなかった。だから感情の起伏が激しく疲れてしまっていた。

自分が悪いことも多くあって、考えに相違があって納得できないとどっちが正しいかと議論してたし、自分が正しいと思ったら考えを押し付けてしまうところもあった。

だけど、今は「そういう考え方もあるんだな」と思うことが増えたような気がする。

どうしても納得できなかったら、その人はそういう考え方で他人は他人、自分は自分と思って議論しようとは思わなくなった気がする。

本当に情けないし恥ずかしいけど、「他人は他人、自分は自分」ということが最近になって分かった。

なんというか『他人から見た自分』ということばかり気にしていたような気がする。

他人の言動に流されやすいのと自分の考えを押し付けるという矛盾しているようなことが共存していてどちらにも両極端だったような気がする。

だから、良い意味で(まあ、悪い意味も含むんだろうけど)他人のことがどうでも良くなった。

 

いろんな事がどうでもよくなると自分に対して興味を持つようになった。

自分の感情に前より耳を澄ますようになった気がする。

「~しなきゃ」「~じゃなきゃ」ばかりだったけど「~したい」とかの感情にも耳を傾けるようになったと思う

以前は「~したい」という感情を自分自身が否定したり、「~しなきゃ」「~じゃなきゃ」というのばかり押し付けていた。

だから、以前よりも今の方が少し楽しい。

 

スポンサーリンク

 

まとめ 結局大きなきっかけはない

今思えばひきこもりになった原因は1つではない、いろいろなことが複合的に積み重なったのだと思う

原因の中にはもう過ぎ去ったこともあるし、今も継続中のものもある

正直、ずっと悩んでいたことのいくつかは今も何1つ解決していないし、状況は変わってすらない

本当なら解決しようと頑張るべきなのか、向き合うべきなのか、分からない

自分でできることがどこまでなのかも分からない

でも、簡単じゃないことだけは分かる

だから、今は考えないことにした。逃げていると言われればそうなんだろう。

でも、昔みたいに頑張ったり、そのことばかり考えたりして精神を消耗して、

その先に解決が待っていればいいけど、そうだとは限らないから。

解決が確実に待っているわけじゃないなら、今は頑張ってみるほどの元気はまだない

だったら逃げているって言われても、それでいいかな。

 

結局、外に出たいと思った大きなきっかけはない。

そう思うだけの時間が経ったんだと思う。

以前、ネットで「精神的に病むと通り過ぎるのを待つだけで自分でできることはない」という言葉を読んだ

自分の場合もそうだったんだと思う

 

他にも書きたいことがあったけど長くなったのでここで一旦終わります。

 

つづきです