やりたいことが何もなかったひきこもりがやりたいと思えたこと

夢物語

星空

これまで書いてきた次の2つの記事の続きです。今書こうと思ったことは今回が最後です。

 

ずっとやりたいことがなかった

 

ひきこもりを始めたばかりの頃に何かしたいことはないのかと母に聞かれた

生きてしたいことはなかった

何もやりたくなかった

だから生きてしたいことの中の強いて1番目の「寝たい」をずっとしていた

 

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ずっとやりたいことがなかった

それよりも昔はあったのだと思う

 

子供の頃は自分に可能性を感じていろいろなことをやってみたいと思っていたし、全部したかった

大人になったら1つのことしかできないことに窮屈さを感じたほどだ

だけど、そういうやりたいことはひとつ、またひとつと消えていった

圧倒的に何かに秀でているものもなかったし、

ただそれに向かって頑張って努力し続けること、こつこつと積み上げる我慢強さがなかった

そんなに裕福な家庭ではなかったから経済力を理由にどうせ無理だと思って諦めることも多かった

まあ、実際何かをしたかったらお金がいることは多いけどね。それで諦めないといけないことは実際いくつかあった

夢を見ることをいつの間にかしなくなったのだと思う

夢は絶望を与える毒のようにさえ感じていた

 

だからずっとしたいことがなかった

あっても自分でそれを消していたのだと思う、どうせ無理だと

それに、自分の中で「こうじゃなきゃいけない」とか「こうしなきゃいけない」みたいなのが多くて、そればかり押し付けて「~したい」や「~をやってみたい」みたいな感情を自分自身が否定していたように思う

だけど、「~しなきゃ」「~じゃなきゃ」みたいなのを一度捨てて「~したい」や「~をやってみたい」という感情に「やってみてもいいんじゃない?」と思うようにした

 

正直なところ、「~したい」「~をやってみたい」と思っても経済的な理由とか、年齢的なことでできないこともあるだろう

でも、今は「~したい」「~をやってみたい」という感情を大切にしようと思った

実際に本当にできない場合もあると思うけど、これまでどうせできないと決めていたのはほとんど自分だったと思う。

何があるか分からない、予想外のことばかりの中で自分が思っていない形で叶うかもしれない

だから、最初から諦めないで頑張ってみようかなと思った、やってみようと思った

それに自分がしたいこと、やりたいことを考えている時間の方が楽しい

 

最近やりたいことやってみたいことがいくつかでてきた。そのやりたいこと、やってみたいことを書こうと思う

 

大学院に行きたい、勉強がしたい

もし精神的に病んでいなかったら大学院に行っていたと思う、行くつもりだった

実際これまでも学校の授業や課題は嫌いだったけど、勉強自体は精神的に病むまでは楽しいと思っていたと思う

だけど、高校の時から勉強することが楽しいと思えなくなった。さらには、勉強しようと思って教科書や参考書を開くと頭が痛くなったり過呼吸になったりしてた。これは大学を卒業するまでそうだった。

大学を卒業してからは勉強をしていなかったので、いつ頃からこれが緩和したのかは分からない。今も集中力が持続する時間は短いように感じる

大学の学部、学科選びは間違えたと思う。あの時はいろいろなことを考えすぎて気にしすぎて、結局間違えてしまったのだと思う。

精神的に病んでいるのがどこまで影響していたかは分からないけど、大学の講義はどれも面白いとは思えなくて、単位の数合わせをして終わってしまった

大学4年生の時、あと2年も今学んでいる分野を続けるために院試を受ける、それを頑張ることができなかった

高校に入ってからは学期ごとに申請する授業料免除のことばかり気にしていた。勉強は辛いけど、成績が落ちたら授業料が免除されないし、奨学金が貰えない、そうなったら学校をやめないといけない

今から思えば成績がもう少し低くても大丈夫だっただろうし、駄目でも学校をやめないといけないほどではなかったような気がする

大学院に行きたいのは、自分が1番勉強したいことを勉強したいからかな。院じゃなくて学部でもいいかな。純粋に勉強がしたい。

だけど、漠然と勉強したいというのはあるけど、ぼんやりとしか分野が決まっていない。そういうのを調べようとするとまだ苦しくなってしまう。だけど、ちゃんと調べないとまた同じ間違いをしてしまう。

方向性が決まっていないから勉強もできていない。勉強できていないのは他にも理由があるけど。

春頃は、来年の院試受ける!と思ってたけど、今はあと大体1年て思うとやっぱり無理だ…と弱気になる

そもそも学部と別分野って受験資格あるんだろうか…、研究室に連絡も怖い

そもそも20代後半を受け入れてくれる研究室あるのかな…

ここまで文章にしたけど、そもそも受験資格ないかもしれない…

苦しくならない時か苦しいのを我慢できる時に調べないといけませんね

 

外国に行ってみたい

これまで約26年間生きてきて日本を出たことがない。だから出方も知らない。

お金がかかるし、言葉や文化が違うところに行くのは怖い。今もそう思っている

だけど、なんか行かないのは勿体ないなとふと思った。行ってみてもいいんじゃない?とふと思った

行きたい国が特にあるわけじゃないけど行ってみたい

外国に行ったら世界、価値観みたいなのが大きく変わるとかは思ってないけど、なんか行ってみたいと思った

 

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外国語を勉強してみたい

外国語を喋れるのってかっこいいと思った。前からそう思うことがあったけど最近は特にそう思う

その理由ははっきりとはしないけど、いくつかのことが重なってかな。

ツイッターでフォローしている人に偶然英語を頑張っている人が多いとか、バイト先のおじさんの息子さんの働いている企業の公用語が英語の話を聞いたからだとか、

バイト先に外国のお客様が来て、聞き取ること(何語だったのかすら分からない)も英語で説明することもできなくて、英語で話すことができたらなんか違ったのかなって思ったこととか、そういうのかな。

まず1番は英語を勉強したい。

英語も勉強したいし、他の言語も勉強したい。母国語の人口が1番多い中国語?小さい頃に興味を持ってたロシア語?

まだ決めてないけど、勉強したいと思う

 

光が丘に住む

自分にとってとても大切なアニメがある。それは「デジモンアドベンチャー」だ

光が丘は第1作目の劇場版の舞台で、テレビアニメの29~30話でも出てくる。デジモンアドベンチャーの話の中でとても重要な場所だ。

知らない人に説明すると作中の時系列は劇場版→テレビアニメの順。劇場版の公開日がテレビアニメ第1話放送日。

テレビアニメ放送当時の自分は光が丘が実在するとか、実際の光が丘をモデルに描いているとか知らなくて、それを知ったのはかなりあとだった

もう20年前の作品だから今どれくらい当時のままか分からないし、いつまで街がその姿か分からない

だから、行ってみたいと思ったし、なんなら1年とか2年とか住んでみたいと思った

住環境分からないけど、住みやすいんだろうか

田舎に住んでいた自分はテレビアニメの放送が遅れネットの地域だった。映画があることは知らなくて、劇場版はBS放送で初めて観た気がする

だから、自分はテレビアニメ→劇場版の順で観た

当時、まだ幼かった自分にとってはテレビで観れるものがリアルタイムで、ネットが普及してからいろんなころを知った

 

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ベランダ菜園を極める

先月からベランダでミニトマトを育てている

野菜を作るのには前から興味があって、だけどやってみたら思っていた以上に難しい

ミニトマトを育ててる時に分からないことを図書館の家庭菜園の本で調べていたら、いろんな種類の野菜がベランダ菜園できることを知ってやってみたいと思った。本当に驚いた、この野菜もベランダ菜園できるんだ!?って感じだった

だけど、ベランダ菜園すると洗濯物を干すスペースがなくなる

いつか、ベランダ菜園もできて洗濯物も干せる部屋に住みたい

 

車の運転

運転免許は持ってるけど、免許を取得してから一度も運転していないペーパードライバーです

現在、自動車が生活するうえで必須の田舎で自転車で移動しています。

車の運転は教習所のときから怖い、難しいというのがあって嫌だった

車を運転するくらいなら不便でも、自転車と徒歩でいいと思ってた

だけど、運転できたら行動範囲が広くなるなと思ったし、せっかく免許を持ってるのに身分証明書くらいにしか使っていないのはもったいないとふと思った

乗っていないと乗れなくなるしね、既に運転できないと思う…

教習所のペーパードライバーコースみたいなの受ければいいのかな…。調べなきゃ…。

車を買えるお金はない、だけどたまにレンタカーとか運転してみたい

これは、今すぐしたい。というよりは近いうちにしたい。

 

 

文章にしてみると現実的じゃなくて、全然具体的じゃなくてふわふわしている。ふと思い浮かんだことばかりだ

だけど、以前はこういうふと思い浮かんだ「したい」「やってみたい」のほとんどを自分が否定して、思い浮かんだことすら忘れていたのだと思う

これまでの人生振り返ってみると、やりたくないやらないといけないこと、やりたくないやらなくても良かったかもしれないことばかりしてきた

だから、今は自分が少しでもやりたいと思ったことをしたい

 

やりたいことに今までよりは欲張りになって頑張ってみようかと思った

やりたいと思うことが浮かぶようになってきてから、時間が足りないと思うようになった

 

考えている未来のことは夢物語と言えばそうだろう

だけど、かつて自分がそうだったように他人に対して、「できない」と否定的な感情を向ける人は自分がそうできないことを羨んでいるのだと思うことにした

 

これらをするために生きていたいかというと、そういうわけじゃないけど、今は何のために生きるのかっていうのは考えないようにしている

 

 

今書こうと思ったことは今回が最後です。

3回に分けて、ひきこもりをやめてどうして外に出ようと思ったのか、どういう行動がその気持ちに繋がったのか、そしてこれからどういうことをやりたいか、やってみたいかについて書きました。

1か月かかっちゃいましたね

正直、思っているだけで現状は変わっていません

いつかこれらのブログを読み返した時に、ちゃんと変われたよ。と、思えるように頑張ってみようと思います。頑張れたらいいな。